とうとう四月になった。土曜日、曇天である。上越にも、早くも遅くもない春が来る。二ヶ月分が一つの写真の下にあるカレンダーではめくる必要のない月なのだが、四月は新たなスタートに足る月である。そんな四月のカレンダーを見ながら紀雄は心の中にある不安材料をひとつひとつ確認している自分に気がついた。
まず一つ。もう智の入学式まで一週間とない。当面は芳子が智と一緒に住みサポートするから心配はない筈であるが。やはり父として獏とした不安を覚える。今日、引越しの荷造りをし、明日、家族で川崎に行くことにしている。紀雄だけ日帰りの予定。芳子と智はそのままそこに住む。本当にこれで良いのであろうか。
それともう一つ。今年は結構寒い冬だったので桜の開花は遅れるかもしれないが、あの花見がやって来る。大学の紀雄の部屋には丸山酒造場の一升瓶の雪中梅が箱入りで置かれている。紀雄にとっては幾分恐怖に近いものがある。紀雄は花見の度に考えることを思い出した。宴会芸がせっかくの夜桜の持つ静かで幻想的雰囲気を台無しにしてしまう。そしてまた、電線に付けられた提灯と地面に敷かれたブルーシートがせっかくの夜桜と高田城の堀の水が作り出す景観を台無しにしてしまう。これらが紀雄の心により一層の不安を駆り立てるのである。
さらにまた一つ。来月となったシアトルでのシンポジウムのことも心の隅で引っかかるものがある。どんなに慣れていても海外の学会やシンポジウムの場で発表するのは緊張するものである。まして紀雄は英語がさほど得意である訳ではない。
そして、あさって4月3日月曜日から紀雄自身、新学期のスタートなのである。
心の不安を解消しようと何かをする。その最も簡単な何かはパソコンに向かうこと。そしてメールをチェックすることである。
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真里は思案していた。筑波の独立行政法人**総研のホームページによると高森先生は地圏**研究部門で主任研究員をしていることになっている。どのようにして高森先生にコンタクトすれば良いものか。分析依頼や技術相談などの受付もホームページに掲載されてはいるがどうにもピンとこない。まして、実際に筑波に行って先生に会うことなど真里にはハードルが高すぎる。でもこのまま真里が何も行動を起こさなければ博物館の東館長が、多分、須坂先生を通して砂博士にコンタクトをすることになるであろう。別にそうなっても誰も困らないし、むしろその方が当然の手順であろう。しかし、真里は自分の手柄を取られたくない心情とでも言うのか、あるいはこのままこのミステリーから身を引いたら結論が分からなくなってしまうのがつまらないと言うのか。言葉にうまく表現できないのだが、また明確な理由は不明なのだが、この百万塔の謎ときを手放したくはなかった。
夕べ岩井美佐子と長電話をして一連の経過を伝えた。真里が面白おかしく美佐子に喋るため美佐子は笑い転げた。また、会話の節々に東館長のスケベさや強引さも語り美佐子の共感を得た。この会話術は真里なりに美佐子の精神状態を気遣ってのものであった。その上でさらに、美佐子にこれから先もこの件に自分が係わるべきかどうかを相談してみた。美佐子は真里の一連の発見や行動を褒めちぎった。そして今後ともこの件から身を引く必要はないと力強く言った。一方で、受話器の反対側で美佐子は複雑な気持ちを抱いた。私だって、私こそ、百万塔のそもそもの発見者である私こそ、この件の元来の遂行者なのに。真里は正直言って軽く考えすぎているのではと思える。彼女はこの件は単なる興味でミステリーハンター。私にとってこれは仕事であって、決して軽いものではないのに。でも真里も悪気はないだろうし。まして真里を嫌う気持ちなどはどこにもないし。美佐子は再び頭痛がするのを感じた。
真里は電話を終えてから直ぐに須坂宛にメールを書いた。
送信者: “三杉真里” <misugimari@nif**.com> 宛先: “須坂 紀雄” <n-suzaka@joetsu***.ac.jp> 送信日時: 20**年3月31日 22:16 件名: 岩井さんの近況 |
上越**大学 須坂教授 こんばんは。山梨県立**図書館の三杉です。 先ほど岩井美佐子さんに電話をしました。電話での会話では彼女は全くの健常人で仮面うつ病を病んでいるとはとても思えません。病状が薬で回復に向かっているのかどうかはもう少し時間が経たなければ分からないようです。それでも彼女は薬にはそれなりの効果があると言っておりまして、よく眠れるようになったとか頭痛が減ったと言っております。 |
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紀雄は三杉真里と言う人物がこの百万塔の謎解きに加わってきたことを感じた。岩井美佐子の代わりに。そしてこのメールの文面は紀雄に対して謎解きのメンバーになると宣言しているのだと感じた。紀雄はこのメールを東や野本は入れずに智にだけ転送した。東からも今朝方、三杉のメールとは全く別に紀雄宛にメールが届いていた。
送信者: ”東 亨” <t-higashi@yhmuseum.pref.yamanashi.jp> 宛先: “須坂 紀雄” <n-suzaka@joetsu***.ac.jp> 送信日時: 20**年4月1日 08:16 添付: DSC****0112.jpg 件名: ご依頼 |
須坂紀雄教授 お世話になっております。山梨県立**博物館の東です。 |
紀雄は読んで絶句した。東とて紀雄が他人とのコンタクトを苦手としていることぐらい認識している筈である。紀雄はまた一つ気がかりなことを抱え込んでしまった。パソコンのディスプレイから目を雪中梅の箱に移した。そして深い溜息をついた。国大の教授だからといって独立行政法人の研究機関の研究員と簡単にコンタクトが取れるかというと全くそんな事はない。むしろ三杉真里のほうがはるかにアポを取りやすいのではと思った。
暫く悩んでいたらパソコンが音をたて新着メールを知らせた。智からであった。さっき転送したばかりのメールに対する返信であった。メールというよりSNSでチャットでもしているようであった。ふと、紀雄は智に関してまた新たな不安の種を持った。もしかして智はSecond−Lifeのようなバーチャルワールド的世界にのめり込んでいるのではなかろうか。それはそうととにかく智のメールを開けてみた。
送信者: ”須坂 智” <satoru@mfx.hink.ne.jp> 宛先: “三杉真里” <misugimari@nif**.com> 送信日時: 20**年4月1日 09:36 件名: Re:Fw: 岩井 |
三杉真里様 須坂紀雄の息子の智といいます。岩井さんの近況有難うございます。 須坂 智 ---- Original Message ---- 三杉真里さんからのメールを転送します。 |
智が三杉に筑波の**総研とのコンタクトをプッシュしている。紀雄はこれに便乗すれば自分が動かずにすむと思った。そして暫くはこの動きがどうなって行くのかを静観することに決めた。
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土曜日、真里は休館日ではないため図書館でメールを見た。智からのメールを見た真里は決心した。今すぐに私が動かなくては。彼らも今日は実働日。当然、博物館も休館日ではないので東も野本も働いているのだ。競争になるかもしれない。ただ、こちら側だけ実働していても当の筑波の**総研は休みかもしれない。でも、高森先生は出勤して仕事をしている気がする。だとすれば、まずダイレクトに高森先生に電話することから。真里は行動に出た。
真里の感は当たっていた。ホームページに記載された電話番号にダイアルしたら何と高森先生そのものが出た。そこで真里は自分の素性を伝えそして百万塔から出てきた砂の話を伝えた。幸い先生は話に興味を示してくれた。
「かつて自分の講義を聞いた卒業生の依頼とあらば」ということで、サンプルを送付してくれれば採取地を調べてくれると語った。ただし、光学顕微鏡の観察でわかる範疇でとのこと。つまり、組成分析など高価な分析装置にかけなければ分からないようなことはコストが発生するのでもっと正式な依頼が必要であるとのことであった。
真里としては、十分な成果であった。すかさず県立**博物館に連絡をとり砂サンプルの送付の手はずを整えた。東は驚嘆していた。 真里は、一息つこうと喫煙室に行き、そこでタバコをふかしながら岩井美佐子に携帯から電話をした。そして美佐子に一連のことを報告した。真里にはそれが美佐子を苦しめる原因となっていることなど全く理解できなかった。